DataRobot導入事例「株式会社資生堂」~AIプロジェクトの成否を左右するデータ収集の成功は社内人脈の活用がカギ~

DataRobot導入事例「株式会社資生堂」~AIプロジェクトの成否を左右するデータ収集の成功は社内人脈の活用がカギ~

BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(ビューティーイノベーションでよりよい世界を)を掲げ、世界120カ国・地域で事業展開をする株式会社資生堂(以下、資生堂)。多様化する美の価値観に応えつつ、世界中の人々に自信や勇気、喜びや幸せをもたらすビューティーイノベーションに挑戦している。
以前からデータ分析に関する取り組みを積極的に進めてきた同社は、2018年に化粧品メーカーとして世界で初めてDataRobotを導入した。今回はその経緯や導入効果について、資生堂の山口氏、香西氏、若林氏に話を伺った。

聞き手

呉 正大
呉 正大(ご まさひろ)
日鉄ソリューションズ株式会社
流通・サービスソリューション事業本部 流通・サービスソリューション第二事業部
坂元 謙太
坂元 謙太(さかもと けんた)
日鉄ソリューションズ株式会社
流通・サービスソリューション事業本部 営業本部
籔 さやか
籔 さやか(やぶ さやか)
DX&イノベーションセンター

― まずはDataRobot導入検討の背景や当時の課題などをお聞かせいただけますでしょうか。

山口氏
山口 雄大(やまぐち ゆうだい)氏
資生堂ジャパン株式会社
プレステージ事業管理部 S&OPグループマネジャー
資生堂 山口

2018年頃、AIをビジネスに取り入れていこうという方針の下で経営戦略部門が作った横断組織で選ばれたソリューションがDataRobotでした。私自身は以前から需要予測に取り組んでおり、なかでも新製品の需要予測に課題を感じていました。

そうした折、経営戦略部門から「DataRobotを使ってみませんか」と声がかかり、最初のテーマの一つとして選ばれました。それ以前は人がExcelやBIツールなどを駆使して、どんなプロモーションを打つとどれくらい需要に影響があるのか、というような分析をして予測していました。

NSSOL 呉

NSSOLは資生堂様の「B-NASS」と呼ばれる情報分析基盤の構築を支援させていただいております。需要予測の課題があるということで、私が所属するデータ分析専門のチームにお声がけいただいたことで現在の関係が始まりました。NSSOL内の他部門と共にDataRobotのPoCを進めつつ、予測モデルの精度向上やモデルの業務適用に取り組んでいます。

DataRobotに「ブランド」の概念を学習させる

資生堂 山口

DataRobotの導入は、資生堂にある様々なブランドの中で、新製品のリリース頻度が高く売上規模も大きい、かつ元々私が担当しており土地勘のあるプレステージブランドから始めました。

DataRobotは導入当初より様々な試行錯誤があり、最初は資生堂の商品全体で一つのモデルを作ろうとしていました。例えば数百円の洗顔フォームから、10万円を超える高価格なクリームまで全てまとめて一つのモデルで予測する。そうすることで運用もシンプルになり、教師データのボリューム的にも良いのではないかと考えました。

しかし実際にやってみると統一モデルを作るためには多種多様な特徴量を加えないといけないことに気づきました。特に「ブランド」という概念をデータに落とし込みDataRobotに学習させる作業は本当に大変でした。そのようなデータを作るくらいであれば、ブランド別やビジネスユニット別にモデルを分けた方が精度が良いのではないか、というアドバイスをNSSOLさんから頂き、それならプレステージブランドから始めましょう、となった経緯があります。

NSSOL 呉

この「ブランド」という概念のデータ化は引き続き試行錯誤中です。若林さんからは「いつになったらDataRobotはブランドを勉強してくれるんだ?(笑)」と言われながら必要な特徴量は何なのか模索しています。現在の運用では、ある程度のところで割り切ってモデルを作り実業務に適用させています。

資生堂 山口

補足すると、そもそも資生堂の中のビジネスは2021年期首時点では大きく3つに分かれていました。1つ目はプレステージ事業というデパートなどのカウンセリング販売を中心とする高価格帯事業、2つ目はプレミアムブランド事業という、テレビCMを打ちドラッグストアやGMSで販売する中価格帯事業、3つ目はライフスタイルブランドという、同じくドラッグストアなどで販売されている低価格帯事業です。カウンセリング販売とセルフ販売と大きく2つに分かれる中で、カウンセリング販売の高価格帯から着手した方がRoIを狙えるだろうという判断でした。10年以上、需要予測に携わり、様々なブランドを担当してきた中で、マスマーケティングよりもカウンセリングメインで販売するブランドの方が常に予測精度が低かったからです。

― ありがとうございます。ところで香西さんは入社3年目とお聞きしました。

香西氏
香西 賢人(こうざい けんと)氏
資生堂ジャパン株式会社
プレステージ事業管理部 S&OPG

DataRobotの需要予測案件では若いデータサイエンス人材も活躍

資生堂 香西

はい。DataRobotの需要予測プロジェクトが始まったときはまだ学生で、大学院で数理統計学を学んでいました。研究内容がどれだけ生かせるかを知りたかったですし、せっかくならビックデータを分析・活用してビジネスに貢献したいという想いがあり、縁あって資生堂に入社しました。

大学の同期は教員やアクチュアリといった数学を扱う職に就く方が多かったです。一つの企業の中に研究開発やサプライチェーン、販売など幅広い領域があり、様々な分野の方々との人脈形成できるのではないか、と思ったのが入社の決め手です。

資生堂 山口

私のチーム内で、もっと統計数理に詳しくAIにも興味があり、柔軟な頭も持ちあわせた人が入ってくれるといいね、と話をしていました。

そんな折、当時の直川サプライネットワーク本部長(現 資生堂ジャパン社長)に「今後この取り組みを拡大させていく為に、柔軟で新鮮な心を持った理系の人材が必須です」というリクエストを出していたところ、香西さんが来てくれました。実は香西さんが来る前、役員から「そういう人材が採用できたぞ!そこへ行くからちゃんと育ててよ!」という話もあったんですよ。

― 山口さんの社内広報活動が実を結んだわけですね。香西さんとして、実際に入社されてみていかがでしたか。

資生堂 香西

いい意味で様々なギャップがあって驚きました。そもそも機械学習を活用して化粧品のような身近なものの需要予測をするとは思っていなかったので、DataRobotを使った業務では新鮮な驚きが日々ありましたね。ただ、データドリブンというよりは、店頭に立つBC(ビューティコンサルタント)さんの力で商品を販売してきた歴史が長い企業であり、予測に必要なデータの収集や整備に苦労するという現実もありました。

DataRobot案件の成功を左右するデータ収集は社内人脈の活用がカギ

資生堂 山口

経営戦略部門と取り組んだ最初のDataRobot案件が上手くいかなかった理由がまさにそれです。DataRobotに投入できるようなデータがしっかり整備されていなかった。もちろん売上や在庫といったデータはERPに入っているのですが、たとえば消費者による商品や広告の評価データや、需要予測目線での細かな商品属性に関するデータはありません。こうした要素こそ、化粧品の需要に非常に重要なものです。

実際、最初に行ったDataRobotのPoCでは残念ながら従来の予測精度を超えられませんでした。そこで「AIを活用するためには需要予測のためのデータマネジメントが必要です。だからそのための専属チームを作りたい」と、魚谷CEOに訴えたところ快諾され、専属チームがサプライネットワークの中に作られたのです。そこに香西さんが入って来てくれたんですね。

少し裏話ですが、DataRobot案件におけるデータ収集で特に役に立ったのが、社内に散在しているデータを集めるための社内人脈でした。同期や社内のバンド仲間といった身近なつながりを使い、研究所やカスタマーセンターなどを含む色々な部門に協力を要請しました。社内のどこにどんなデータがあるかをスピーディに探っていくうえで、こうした社内人脈は有効でした。

そのおかげで集まったデータもかなりあったので、経営学的にいうところのトランザクティブメモリー、誰が何の情報を持っているか、という情報を集めておくことは重要だなと感じました。

実は香西さんのような人とは別にもう一人リクエストを出していたのが、社内の色々なネットワークを持っており、ハブとなってくれる人材。この人だ、と人の名前まで挙げていたのですが、残念ながらその方は取れませんでした。社内のデータを集められる人、というのは重要だと思いますね。

― 若林さんのお取組みを少し伺わせていただけますでしょうか。

若林氏
若林 則夫(わかばやし のりお)氏
資生堂ジャパン株式会社
グローバルシステム部 マネージャー
資生堂 若林

私はIT系採用で資生堂に入社し、その後企業文化活動、サプライチェーンなどを担当しました。その後IT部門に戻り、ここ4~5年は山口さん、香西さんのサポートをさせていただいています。DataRobotに関しては契約周りも担当しています。

資生堂 山口

資生堂の中でロジスティクスとITの両方に詳しい方は若林さん一人なのです。

とにかくボタン一つでモデルが作られるDataRobotのスピード感がいい

― DataRobot製品自体の評価をおしえてください。ファーストインプレッションや、もっとこんなことができると良いな、など

資生堂 香西

大学時代は新たな統計理論を構築し、それを実装したり検証したりすることがメインでした。しかしDataRobotには既に色々なモデルが用意されており、自分でプログラムを組まなくてもあらゆるモデルで結果の出力やその精度評価してくれるのは本当に楽だなと思いました。

さらに予測のターゲットに対し特徴量がどのように影響しているかが分からないブラックボックスなアルゴリズムを、独自のロジックでグレーボックス化し、影響している特徴量を推定してくれる機能は非常に面白いなと思いました。

資生堂 山口

DataRobotで良いなと思う点は、なんといってもボタン一つでモデルを作ってくれるスピード感です。私達の取り組みは特徴量をどんどん変えていく事が必要で、精度を解釈してまた特徴量を創ってというサイクルを回すのですが、プログラムを毎回書き換えていたら相当スキルのあるプログラマーがいないと今のスピードは実現できません。ここがDataRobotの強みだと思っています。

NSSOL 呉

若林さんからはDataRobotはどのように見えていますか?さまざまな需要予測系ソリューションを見られているなかで、どう映っているのか興味があります。

資生堂 若林

多機能なDataRobotに押されっぱなしで、急いでデータを整備しているような感じですね(笑)。DataRobotの導入によって、当社の需要予測業務は厚みを増したと思います。毎年多くの 新製品が発売されますから、NSSOLの支援がないとDataRobotは成り立たなかったでしょう。

NSSOL 籔

もちろんDataRobotは素晴らしい道具ですが、やはりそれを導入しただけで良い結果が生まれるわけではありません。資生堂様がここまで予測精度の高いモデルを構築できたのは、山口さん、香西さんを中心に皆さまが試行錯誤を重ねられたからこそです。

手作業で集めたデータで商品マスタを需要予測用にアップデートされたり、標準マスタだけでなくご自身の肌感覚を商品属性というデータとして表現されたりと、そういった影の努力もされていますよね。

DataRobotがあるとAI活用プロジェクトの投資対効果を説明しやすい

― 少し話題を変えて。正直DataRobotはそれほど安価な製品ではありません。費用対効果などは社内でどのように捉えられていますか。

資生堂 若林

DataRobotの費用対効果は高いです。価格の割にはかなり色々なことができる。ただ、DataRobotを含むAIのプロジェットは従来のシステム開発のように要件定義を元に開発を行い、要件通りに出来上がって終わりというものではありませんよね。

アジャイル開発全般の課題かもしれませんが、投資対効果や何をもって完成なのか、ということが社内で説明しづらいこともあります。そんな中、山口さん達がDataRobotを使ったAIプロジェクトの成果を頻繁に報告してくれるので、我々ITの目線で見ると非常に助かっています。

実はENICOM時代からNSSOLとの接点があったんです

― NSSOLに関しての評価はいかがでしょうか。

資生堂 若林

実は私、ENICOM(新日鉄情報通信システム株式会社)時代からのお付き合いです。
色々な社員の方と接していますが、こちらが曖昧な要件を伝えたとしても、それを理解してクリアな提案を返してもらえるので仕事がやりやすいです。

― 香西さんとして、このプロジェクトに関わったことで自分の中で変わったことなどはありましたか。

資生堂 香西

経営トップ層に直接プレゼンする機会があり、経営の課題を直に聞いたり、次に機械学習を適応する領域について議論したりできることです。まだまだ経験の少ない入社3年目の一担当者が部門のトップに対し、取り組みや成果を直接伝えられる機会なんてなかなかありませんよね。数理統計やデータサイエンスのスキルを活かせる業務に就けていることや需要予測で新たな価値を提供できることがより誇らしいと感じるようになりました。高い自由度で色々なことにトライできることもありがたいですし、NSSOLさまをはじめいいチームメンバーにも恵まれた環境で仕事ができることにとても感謝しています。

― 今後の活動についてお聞かせください。

資生堂 山口

実は需要予測以外でも、いろいろな部門にDataRobotを紹介する機会が増えています。各領域のプロフェッショナルと話をするなかで、良さそうなテーマが見つかったりするんですよね。ただ、AIでビジネス価値を生むためにはノウハウが必要なことを学んだので、我々がサポートしながら一緒に進めています。需要予測AIの開発で培った知見を社内に広めていければと考えています。NSSOLさんにはそのあたりの支援もお願いしたいです。

資生堂 香西

需要予測に取り組んでいる企業は多くあると思いますが、我々のように新製品発売前の機械学習を使った予測に取り組んでいる例は少ないのではと思っています。今後は予測精度の改善はもちろん、領域の拡大や予測値活用のオペレーションの確立をさらに進めていきたいです。

資生堂 若林

これからは足元の取り組みについても少し考えていきたいですね。様々なモデルがDataRobotから生まれていく中で、それをどう維持・管理していくか、という課題があります。運用をガチガチに縛ってしまうとイノベーションは生まれませんから、バランスを見極めながらNSSOLさんにもご協力いただいて、どんな進め方ができるのかを考えていきたいです。

― 本日はありがとうございました。